さよならバイカウント―ANAの成長期を支えた名機、羽田で迎えた最後の日

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退役イベントの終盤、機体にイラストが残されたバイカウント828(写真提供:木下雅文氏)

退役イベントの終盤、機体にイラストが残されたバイカウント828(写真提供:木下雅文氏)

1969年8月31日、羽田空港で1機の旅客機の退役セレモニーが行われました。機体は、全日本空輸(ANA)の大量輸送時代の礎を築いた英国の旅客機ビッカース・バイカウント828(JA8201)です。

ジェット旅客機が次々と飛び始める一方、ANAの成長を支えたのは、4発のターボプロップ機であるバイカウントでした。今から57年前、その最後の姿を航空ジャーナリスト協会の木下雅文氏がカラーネガフィルムに収めていました。

退役イベント会場に向けてけん引されるバイカウント828(写真提供:木下雅文氏)

「カラーは手を出しにくい値段」だった

木下氏がこの日のことを知ったのは、新聞に掲載されたバイカウント引退の記事でした。そこで羽田へ向かい、ターミナルビルから撮影しました。当時は現在のように空港のさまざまな場所から航空機を撮影できる環境ではなく、「それ以外の撮影場所を知りませんでした」と振り返ります。

しかも、撮影に使ったのは12枚撮りのカラーネガフィルムです。「とにかくフィルムは高く、ましてカラーは手を出しにくい値段でした。突然撮影に行くことになったので、12枚撮りを買うのが精一杯でした」

写真を見ると、退役を惜しむように機体の周囲には多くの人が集まっています。ANAのパイロット、客室乗務員や整備士など関係者、そして見送りに訪れた人々。その一角には、子どもの姿もあります。木下氏が残した写真は、貴重な「昭和の羽田」の記録となりました。

退役イベント前に撮影されたバイカウント828(写真提供:木下雅文氏)

少ないフィルムに刻まれた13枚

実は、このとき木下氏が撮影できたのは「12枚」ではなく13枚でした。フィルムの装填時には、最初の部分を露光してしまうことがあります。そのため、スタート部分のコマは使えなくなりました。しかし、反対側に未露光部分が残ったことで、最後のコマまで撮影できたのです。

「結果的にラストのコマが全部使えたので13枚撮れたわけです」現在ならスマートフォンで何枚でも撮影できる時代です。しかし当時、航空機の歴史的な一場面を記録するために使えるのは、わずか13コマ。その一枚一枚に、撮影者の緊張感が伝わってきます。

木下氏のバイカウントへの印象は、YS-11やフォッカーF27とは少し違っていました。「4発エンジンであること、こぶのように膨らんだコクピット部、胴体の太さなど、YS-11やF27に比べて存在感がありました」

一方で、ジェット機のほうが見栄えがする、という感覚はなかったそうです。むしろ記憶に残っているのは、刺激的なエンジン音と黒煙。そして、羽田のターミナルビルから外へ出た瞬間に聞こえてくる大きなジェット音と、航空燃料の匂いでした。

「さよならバイカウント」と描いた少年

この日のイベントには、もう一つの物語があります。写真の機体には、飛行機のイラストとともに「さよならバイカウント」と描かれています。これを描いたのは、航空イラストレーターとして知られたおおば比呂司氏です。一時期のANAの時刻表の表紙を飾った人物と言えば記憶に残る人も多いことでしょう。

そして、筆者の友人であり、ご子息の風景画家である大場伸之さんも、この日、小学生で現場にいました。大場さんによれば、夏休みの最後の日に父親に連れられて退役セレモニーを見に行ったそうです。

客室乗務員が見守る中、マジックで機体にイラストを描く故おおば比呂司氏(大場伸之氏提供)

写真には写っていませんが、前輪右ドアに小さな飛行機のイラストが残されました。「実は私もマジックで小さく何か描かせてもらいました。そんなこと関係者でもできたんですね」

半世紀以上の時を経て、少年だった大場さん自身が新聞社のカメラマンが撮影した写真を見返し、「たしかに私、飛行機描いていますね」と気付いたといいます。

バイカウントの機首にイラストを描く故おおば比呂司氏(写真提供:大場伸之氏)

大場さんの記憶には、父・おおば比呂司氏のバイカウント評も残っています。「バイカウント、あまりいい飛行機ではなかったからなぁ」おおば氏が好んだプロペラ機は、YS-11、そしてフォッカー・フレンドシップだったそうです。

それでも、1960年代の羽田を彩ったバイカウントが、ANAの成長を支えた重要な機材だったことは変わりません。

日本の航空輸送が大きく伸長する前夜というプロペラ機からジェット機へと大きく変わろうとしていた時代。その転換点を、13枚のカラーネガから起されたデータが、今も静かに伝えています。

 

 

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