
ANAが追加発注し、IBEXが運航するエンブラエルE190-E2 ©Embraer
国内航空業界の再編が、いよいよ具体的な動きとして表れ始めた。
ANAホールディングスは7月29日、IBEXエアラインズとの間で「運航業務の管理の受委託」に関する包括的業務提携に合意したと発表した。
2029年度を目途に、ANAが販売や路線計画を担い、IBEXが運航会社として航空機を飛ばす新たな事業モデルへ移行する。併せてANAホールディングスはエンブラエルE190-E2を追加発注し、この機材をIBEXが運航する方針も示された。
この発表は単なる業務提携ではない。
国土交通省が「国内航空のあり方に関する有識者会議」の報告書で示した「国内航空再編」の方向性を象徴する第一号案件とも言える。一方で、長年独自ブランドを築いてきたIBEXにとっては、自社のアイデンティティーを問い直される大きな転換点でもある。

仙台空港ではIBEX機が並ぶ (筆者撮影)
コードシェアから一歩進んだ「運航会社」という役割
ANAとIBEXの関係は今に始まったものではない。2009年からコードシェアを開始し、その後も路線拡大を続け、地方路線を中心にANAネットワークの一翼を担ってきた。IBEXの機体にはANA Connectionと描かれていることからも良くわかる。
しかし今回の提携は、その延長線上にはない。新たなスキームでは、ANAが販売やダイヤ設定、収入管理など事業運営を担い、IBEXは運航を専門に担当する。
欧米では一般的な「Capacity Purchase Agreement(CPA)」に近いモデルであり、利用者から見ればANA便として販売される一方、運航はIBEXが担当する形になる。つまりIBEXは、自ら市場で勝負する航空会社というよりも、ANAグループの運航を支える専門会社という色彩を強めることになる。

機体にはANA Connectionと描かれている (撮影筆者)
CRJの終焉が意味するもの
今回の発表でもう一つ注目すべきなのは機材更新である。IBEXの主力機であるCRJ700は、日本では希少なリージョナルジェットとして地方路線を支えてきた。
最も古い機体は2009年導入であり、すでに17年が経過している。機材更新は避けて通れない課題だった。
本来であれば、IBEXは後継機を自社で選定し、導入する必要があった。三菱航空機が開発していたスペースジェット計画の中止により、有力な国産後継機という選択肢も失われた。リージョナルジェットの選択肢として残る、エンブラエルE-Jetシリーズへの更新には数百億円規模の投資が必要となる。
地方航空会社であるIBEXが単独でCRJをE-Jetへ全面更新するだけの経営体力を確保することは、現実的には極めて難しかったと言える。
その意味で、ANAホールディングスがE190-E2を発注し、IBEXがその運航を担う今回のスキームは、IBEXにとっては、長年抱えてきた次世代機への更新問題を一挙に解決するとともに、運航会社として将来にわたって事業を継続していく道筋を得たことを意味する。
一方で、その代償として、自社で機材を選び、自らブランドを築いていく航空会社という従来の姿から、ANAグループの運航を担う専門会社へと役割を変えていくことになる。

仙台空港でのIBEX機(撮影筆者)
IBEXブランドは残るのか
ここで一つの疑問が生まれる。IBEXはこれからも「IBEX」であり続けるのだろうか。同社は仙台を拠点に、地域航空会社として独自の存在感を築いてきた。
地域密着の運航、独自塗装機、そして「IBEX」のブランドは、多くの利用者に親しまれている。一方、今回の受委託モデルが本格化すれば、利用者の目に映るのはANA便である。
IBEXの名前が前面に出る機会は今より少なくなる可能性がある。極端に言えば、「ANAの飛行機をIBEXが飛ばしている」だけという位置付けになる。
これは経営の安定という大きなメリットを得る一方で、航空会社としての独立性やブランド価値をどこまで維持できるのかという新たな課題も生み出す。
国内航空再編の第一歩となるか
今回の提携は、IBEXだけの話ではない。国土交通省は「国内航空のあり方に関する有識者会議」で、大手航空会社による中堅航空会社への出資規制を撤廃した。
その狙いは、国内航空ネットワークを維持するため、新たな資本・事業連携を促すことにある。
ANAとIBEXの新たな関係は、まさにその方向性を具体化した最初の事例と見ることもできる。今後、同様の動きが他の地域航空会社へ広がる可能性も十分考えられる。

CRJ700の機窓 (撮影筆者)
「独立ブランド」か「運航のプロ集団」か
IBEXの将来像をどう描くかは容易ではない。人口減少や地方路線の需要縮小、人材不足という現実を考えれば、単独で成長を続けるハードルは高い。今回の提携は、ブランドよりも持続可能な経営を優先した決断とも受け取れる。
見方を変えれば、IBEXは航空会社としての存在意義を失うのではない。「地域航空会社」から、「ANAグループの高品質な運航を担うプロフェッショナル集団」へと役割を変えるのである。
それはアイデンティティーを捨てることではなく、新たなアイデンティティーを築く挑戦とも言える。国内航空再編が本格化する中、IBEXの選択は他の中堅航空会社にとっても重要な先例となるだろう。
そして今後問われるのは、航空会社の名前ではなく、利用者にとって持続可能で利便性の高いネットワークを、いかに築いていくかである。

