コロナ禍を乗り越えたANAの挑戦と未来を元社長の平子裕志氏が語る

ANA
羽田空港R/W22を離陸するANA機

羽田空港R/W22から力強く飛翔するANA機

東洋学園大学現代経営研究会は、2025年度の年間テーマを「進化と深化」と掲げ、様々な業界の経営者を招いた講演会を開催します。その初回として、「日本の航空、コロナ禍の試練から未来へ」と題し、ANA元代表取締役社長でANAホールディングス株式会社 特別顧問の平子 裕志氏が招かれました。10月15日の講演を聴講した筆者が感じた様子をお伝えします。

講演では、コロナ禍の試練に、航空業界が直面した際の企業経営の舞台裏が語られました。航空需要がほぼ消失した状況で、経営者としてステークホルダーとどのように対峙し、企業の存続と未来をいかに描いたのか。

特に、平子氏は、未曾有の経営危機に直面する中でも、社員を一人も解雇することなく持ちこたえたという、ANAグループの決断の重さを強調しました。その背景には、「会社の存続は社員全員の力である」という揺るぎない企業理念があります。

航空というサービス業の根幹は、訓練と経験を積み重ねた「人」であり、安易なリストラは企業が持つ最も重要な資産を失うことにつながります。社員の雇用を守り抜くことで、危機後のV字回復に向けた体制を維持し、組織の士気を守り抜いた経営判断がありました。

羽田空港34Lに着陸するANAのA320

グローバル会議での発言が生む価値

講演の中で印象的だったトピックスの一つは、平子氏が社の代表としてIATA(国際航空運送協会)の会議に出席した際の体験です。

ジュネーブで開催された会議において、登録されているエアライン200社のうち、実際に出席していたのは約30社。平子氏は、その場にいながら発言しないことが最も良くないと感じ、意識的に発言を試みました。重要なのは、発言の内容そのもの以上に、その場にいる一員としての意思表示と参加の姿勢です。議長からは「Thank you for your contribution(貢献に感謝します)」という言葉をかけられたと言います。

この経験から、平子氏は「グローバルな舞台においては、たとえつたない意見であっても、沈黙せずに声を上げることが、価値を生み、自身の存在感を示すことにつながる」という示唆に富むエピソードでした。

羽田空港を離陸するANAのB767-300

刻み続ける「時間」の重みで計る安全への誓い

もう一つ、聴衆の心に強く残ったのは、ANAグループが安全に対して持つゆるぎない姿勢を示すトピックスです。

ANAの羽田にある訓練センターには、特別な意味を持つ時計が設置されています。それは、1971年に雫石の航空機死傷事故が発生してからの、安全にフライトを続けている時間を刻み続けている時計の存在です。この時計の針が「ゼロ」に戻ることのないよう、安全運航の重みと、犠牲者への追悼、そして事故の教訓を風化させないという強いメッセージを、社員一人ひとりに周知徹底するために置かれています。

平子氏は、この時計が示す「時間」こそが、ANAグループの経営の根幹であり、未来への挑戦を支える最も重要な価値観であることを強調しました。

コロナ禍という経営の危機に直面しても、安全への取り組みを決して緩めず、さらに雇用を守り抜いたANAの姿勢は、企業が社会に対して果たすべき責任の重さを改めて認識させられるものでした。この地道で絶え間ない努力こそが、「進化と深化」のテーマにも通じる、持続的な成長の礎であると強く感じさせる講演でした。

 

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